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【書評】わたしの神様/小島慶子

エスプリにようこそ

 

ごぶさたしてます、レナ(@esp_rit)と申します。

本日は本のご紹介。

わたしの神様

わたしの神様

 

一気に読んでしまいました。

読んだあとにネットの感想をみると、同じく「一気に読んでしまった」という女性たちの感想があったので、いきおいのある小説であることに間違いありません。

 

 

超絶女性向け小説

この小説、男性はどう感じるのでしょうか。男性ももちろん登場しますが、中庸でまっとうな男性は存在しません。あ、そういう女性もいなかった!

 

背景の描かれる登場人物は全員、容姿、性別、頭脳、家族、家柄などなどのコンプレックスを抱えていて、それを刺激する人物への憎悪で燃え尽きそうです。適度に折り合いをつけているひとたちもいますが、だいたいゴリゴリ。

 

話がつうじないひと

ルイと金井、アリサが会話するシーンで、ルイたちとアリサの理解がどうしても近づかないシーンがあります。そのアリサの近づかない感じ。本当にわからないのでしょうし、わかろうともしていないのだと思います。アリサは根っからの悪人ではなく、考えが及ばないひとというだけでしょうが、こういうタイプや裕子みたいなひとと関わると非常にめんどう(笑)。

 

誰にだってわからないことはあります。「男の気持ちがわからない」「トランスジェンダーの気持ちがわからない」「貧乏人の気持ちがわからない」「ブスの気持ちがわからない」。

 

なにがわからないかは個人差があり、わからないこと自体は仕方がないとわたしは思います。しかしわからないをつまらないとかありえないといい替えたり、わからないことを否定するのは楽したり逃げていることです。わからないことをわからないといえる(認められる)ようになりたい。っておまえのことか。

 

他人を貶めると自分が上がる

自分に関係がなくても弱みを抱えた人間を放っておかない輩がいる。

 

たいした理由なんてなくても、誰かがひどい目に遭うのを面白がる人間なんていくらでもいますから

 

他人の不幸が喜ばしく思えるのは脳の仕組みだという研究はあります。しかし嫌いな人の不幸ならまだしも、関係ない他人の不幸まで蜜の味なのですか?これもコンプレックスのなせる技?そう感じるひと、多いんですかね?腹を割って話す相手がほとんどいないので、正直よくわかりません(わたしは知らない他人に関心が薄い)。

 

おねえ多数、おなべはゼロのテレビ番組

 

小説には、FTM(生まれた時は女性で性自認は男性)が登場します。

 

前から違和感がありました。おねえ系といわれるひとは多数テレビにでているのに、逆は少ない、というか、いませんよね。少なくともわたしは知りません。おねえという言葉には慣れてしまいましたが、おなべという言葉にはめっさ違和感。調理器具かよ。この小説でも同じようなことがかかれていました。

 

 

↑ここに書かれていることに加えて、男性は縦社会、女性は横社会を重視しているとよくいわれますので、女性は、男で生まれても心やからだが女性なら受け入れやすく、男性は、「とはいっても、女なんだろ?」みたいな拒否反応が比較的強いんじゃないかと思っています。

 

FTMふくめてLGBTのおさらいは、以下のサイトがわかりやすいです。

 

 『わたしの神様』を端的にまとめた動画


 

 

この本を読みながら、三島由紀夫の『女神』を思い出しました。

女神 (新潮文庫)

女神 (新潮文庫)

 

 

 こんな本もよんでます。

 

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